里山の秋:蜻蛉(とんぼ)
日本は古来"秋津州(あきつしま)"と呼ばれた。"あきつ"とはトンボの古名で、神武天皇が国見をして「蜻蛉のとなめするが如し」と云ったことから起こったのだとか…。"となめ"とは、トンボの雌雄が交尾をしながら輪となって飛ぶ様のことである。赤トンボは、連結飛行をして水田の上空から卵を産み落とす。秋風を切って飛び、里山の稲穂の上で群れ遊ぶ赤トンボの安らかな風景を愛でる心は、この国の稲作がつくりあげた「文化」なのだと思う。
ところで、英語でトンボは、dragonfly だが、これは前翅と後翅の大きさや形のちがうオニヤンマやシオカラトンボ、アキアカネの仲間(不均翅類)のことで、前翅と後翅のよく似ているイトトンボやカワトンボの仲間(均翅類)を指す英語は、damselfly
という。damsel とは、ラテン語から出て、乙女とか少女を意味する言葉だ。ヨーロッパの多くの地方では、古くからトンボを忌み嫌い、万一トンボを捕まえて殺せば天罰が下り、近親者のなかに必ず死者が出ると云われ、トンボに手をふれることさえ怖れるそうだが、イトトンボについてはどうなのだろうか。
不均翅類のトンボたちは、翅をたたむことができない。だから、とっても原始的な昆虫なわけだ。初めて翅を持った、つまり、地球上で初めての昆虫らしい昆虫となった彼らは、降りしきる雨を、きっとシダ植物や裸子植物の葉の裏でじっとしのいだのだろう。もう少し進化したゴキブリやカマキリたちは、翅を横にスライドさせて、なんとか「翅をたためる」のである。
さて、これら2つの仲間に入らないのが「生きている化石」のムカシトンボである。翅の脈の構造から、中生代の三畳紀・ジュラ紀に栄えていた旧いトンボに属するこのトンボは、世界に2種類しかいない。しかも、その1つは、ヒマラヤ産のヒマラヤムカシトンボで大変な稀産種である。だが、日本ではムカシトンボは、そんなに稀なトンボではない。秋津州の名の通り、日本は蜻蛉の国なのである。
翅を閉じて止まるイトトンボ、前翅と後翅の形はほぼ同じ。
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