渓流上に造網するオオシロカネグモの水面への落下を避ける行動

The behavior of Leucauge magnifica weaving its webs above streams,
avoiding dropping into the water

August 6,2006. M.Sekine

I observed how the orb web spider, Leucauge magnifica, avoided dropping into the water on July 4, 2006 in Nara Prefecture. It was sunny and the temperature was 31℃. The female Leucauge magnifica (with a length from 14 mm to 15 mm) with its own silk dragline tended to climb up to avoid dropping into the water without touching the water. All the spiders, L. magnifica, were weaving their webs above streams.
Then I painted all the eyes of the spider black in enamel paint. The blind spider also tended to climb up to avoid dropping into the water without touching the water. So, perhaps L.magnifica is aware of the surface of the water without its eyes. But, some individuals can be interpreted to recognize the surface of the water with the eyes. The matter needs further investigation.
I wish to express my hearty thanks to Dr. Makoto Yoshida for critical reading of the manuscript of this paper.

要 約

 オオシロカネグモは,体が水面に触れる前にしおり糸を手繰って上に登り水面への落下を避けることが多かったが,全ての眼を黒く塗りつぶした場合も同様の傾向が見られた。オオシロカネグモは,水面を眼で認識するのではないと思われる。しかし,水面を眼で認識していると思われる個体もあり,今後の検討が必要である。

序 論

 草原に造網するコガネグモはしおり糸を曳いて水面に降りてきたとき,その第1脚が水面に触れるとしおり糸を手繰って上に登り,水への落下を避けている(関根,2005)。一方,渓流上に造網するオオシロカネグモでは,水面に触れる前にしおり糸を手繰って上昇することが多い。渓流上に造網するクモは,水面をどのように認識しているのだろうか。

材料と方法

 実験には,体長14 mm〜15 mmの5頭のオオシロカネグモの雌(1〜5)を用いた。クモを棒にとり,この棒から約60 cm下に水を張った容器(縦23 cm×横30 cm×深さ10 cm)を置いた。そして,棒からしおり糸を曳いて降りてきたクモの行動を観察した。次いで,これらのクモをドライアイスを入れた密閉容器に2〜3分間入れて麻酔をした後,クモの全ての眼を黒のエナメル塗料で塗りつぶした。眼を塗ったクモは,1〜2分後には麻酔から醒めるので,このクモを使って同様の実験を行った。2006年7月4日の10時〜14時に,奈良県生駒市乙田で観察した。なお,5頭のオオシロカネグモは,全て渓流上に造網していたものである。気温は31℃,天候は晴れであった。

眼を黒く塗ったオオシロカネグモの写真

オオシロカネグモの眼をエナメルで黒く塗った

結果と考察

 しおり糸を曳いて水面近く降りてきたオオシロカネグモの行動の観察結果を表1に示す。

表1 オオシロカネグモの下降・上昇行動。1'〜5'は眼を全て黒く塗りつぶした場合である。

 すべてのクモが「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動を示した。ただし,No.2,No.4,No5が「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動のみを示したのに対して,No.1とNo.3は「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動だけでなく「水面に触れた後,しおり糸で上昇する」行動や「水中に没する」行動も示した。水面に触れなかった場合には,クモはしおり糸を曳きながらクモの体が水面に触れないように水面との距離を一定に保った後,しおり糸を手繰って上に登った。しおり糸を曳いたクモと水面との距離は,およそ1 cm〜5 cmであった。
 クモの眼を黒く塗った場合には,「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動や「水面に触れた後,しおり糸で上昇する」行動は見られたが,水中に没することはまったくなかった。
個体別に見ると,眼を黒く塗る前と後で行動に変化が見られなかった個体と,行動に変化が見られた個体があった。No.4は,前と後のいずれの場合にも「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動のみを示した。また,No.1とNo.3は眼を塗った後では水中に没しなかったが,前と後のいずれの場合にも「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動と「水面に触れた後に,しおり糸で上昇する」行動を示したので,前と後であまり行動に変化が見られなかったと言ってもいいだろう。
 これに対してNo.2とNo.5は,塗る前には「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動のみを示したが,後には「水面に触れた後,しおり糸で上昇する」行動も見られた。前と後で行動が変化したのである。
 これらの結果をどのように解釈すべきであろうか?オオシロカネグモの雌が水面に触れることなくしおり糸を手繰って上に登った率は79%(26/33)であり,眼を全て黒く塗りつぶした場合は71%(24/34)である。これらの比率に大差がないことから,眼を黒く塗りつぶしたクモは,眼を塗りつぶしていないクモとほぼ同様の行動をとるようにみえる。この点を重視すれば,オオシロカネグモは,水面を眼で認識しているのではないと解釈できる。
 しかし,「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動のみを示していた個体が,後には「水面に触れた後,しおり糸で上昇する」行動も示すようになったという結果を重視すれば,「眼が見えなくなったので,脚先で水面を確認するようになった」という解釈も成り立つかもしれない。これが正しければ,オオシロカネグモは水面を眼で認識していることになるかもしれない。
 ところがこの解釈は,他の個体のデータと矛盾する。前と後のいずれの場合にも「水面に触れず,しおり糸で上昇する」行動のみを示した個体がいることは,眼が見えなくとも水面に触れる前に水面を探知できることを示唆している。
 このように,オオシロカネグモの水面落下回避行動には謎が多く,その解明には今後の更なる実験が必要である。

謝辞

 今回,この研究をまとめるにあたって,吉田真博士から有益な助言を頂いたことに心から感謝の意を表します。

参考文献

関根幹夫,2005. コガネグモの水面への落下を避ける行動について. くものいと. 38:1-3.
関根幹夫,2006. 渓流上に造網するオオシロカネグモの水面への落下を避ける行動. くものいと. 39:1-3.

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