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ニホンオオカミの肖像との出逢い

 今日は、東吉野村へ探蜘に出かけてきたのだが、東吉野村と言えば、クモよりはニホンオオカミであろう。立ち寄ったガソリンスタンドで思いがけず、東吉野村議会議員視察団による詳しい資料を頂いた。ご親切に感謝!さっそく、日本で最後に捕獲された場所に建つ等身大のブロンズ像をカメラに収めてきた。これは、昭和62年(1982年)に東吉野村が建立したニホンオオカミの肖像である。製作者は、奈良教育大学教授であった故・久保田忠和氏とのこと。

 さて、若いアメリカ人の動物学者マルコム.P.アンダーソンは、通訳兼助手の金井清(当時、第一高等学校の学生)とともに奈良県吉野郡小川村鷲家口(現在の東吉野村小川地区)の芳月楼という宿屋に泊まっていた。そこへ三人の猟師が、捕獲した1頭のニホンオオカミの死骸を持ってきた。明治38年(1905年)1月23日に、8円50銭で売り渡されたこの若い雄のオオカミこそ、日本で捕獲された最後のニホンオオカミである。Canis lupus hodophilax という学名のついたこのニホンオオカミは、現在ロンドン自然史博物館の分厚いガラスケースの中、温度18〜22℃、湿度40〜55%に調整され保管され、その毛並みが色あせることなく野生的な風貌を保っている、とのことである。(ロンドン自然史博物館視察報告書、東吉野村議会議員 ロンドン自然史博物館視察団(2013年) より)

 かつて日本でオオカミは守り神であった。ニホンオオカミの肖像との出逢いは、野生生物と人間との関わり方を考え自然環境を活かした村づくりを…、という東吉野村の人々の思いとの出逢いでもあった。

ニホンオオカミのブロンズ像

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